居城 邦治 
北海道大学電子科学研究所 教授
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1.ナノテクノロジーとは?

ナノテクノロジー(ナノテク)とは,ナノメートルスケールで物質を微細加工する技術のことを指します。「ナノ」とは10億分の1を表す言葉で,記号は「n」と書きます。1ナノメートル(nm)は,1メートルの10億分の1ナノメートルのことを意味します。10億分の1とは途方もない小ささであり,実感することは難しいと思います。例えば,1nmとは原子3個を並べたほどの大きさであり,インフルエンザウィルスの大きさは約100nmです。



2001年にアメリカのクリントン大統領がナノテクを国家的戦略研究目標としたことから,日本でも多くの予算が配分されるようになり,現在,日本の科学技術政策の企画立案および総合調整を行う内閣府の総合科学技術会議は、ナノテクを重点推進分野の一つに位置づけています。

ナノメートルレベルで物質を制御する利点は幾つかあります。例えば,現在パソコンなどのプロセッサのトランジスターは,だいたい数百nm程度の大きさですが,これを1/10にすることができれば,コンピューターを現在よりもずっと小型化し,消費される電力や発熱を抑えることが可能となります。同様に,ハードディスク等の記憶装置などでも小型化・高機能化が期待されます。

また,物質を数nmの大きさにすると,量子効果と呼ばれる物理的な特殊な現象が現れます。電子材料以外にも,ドラッグデリバリーシステムに代表されるような医療への展開や化粧品への応用もさかんに行われています。

2.ナノテクノロジーの2つの手法

ナノテクの手法は大きく2つにわけることができます。1つは,材料の固まりを切り刻んでナノメートルレベルの大きさまで加工する方法で,これをトップダウン方式といいます。もう1つは,原子や分子(おおよそ 0.1−10 nm 程度)を正確に組み上げていくことで新しい機能を持った材料を作っていく方法で,これをボトムアップ方式といいます。トップダウン方式は主に機械・電子系の分野で,ボトムアップ方式は化学系の分野で研究が行われています。

現在,最も確立されたナノメートル規模での加工技術は,トップダウン法である光を利用したリソグラフィーです(図1)。集積回路の製造で,ガラス・マスク上に描かれた微細な IC パターンを,光を用いて半導体ウェハ上に転写する技術をいいます。マスクを通して,感光性樹脂を塗布した半導体ウェハ上に光を照射し,パターンを感光性樹脂上に転写することができます。最新の研究では幅が約45nmの細線構造も作製することが出来ます。光の物理的な性質から光リソグラフィー技術の限界は32nmと言われています。


図1 光リソグラフィーの模式図



図2 ボトムアップ方式の模式図
(出典:鉄腕アトム「ロボット宇宙艇の巻」,Copyright:手塚プロダクション)


これに対して大学等ではボトムアップ方式もさかんに研究されています。トップダウン方式では主にシリコンなどの金属・無機物を加工することを得意としていますが,有機物の加工は不得意です。ボトムアップ方式は主に分子を正確に組み上げて新しい機能を持った材料を作ることができるので,多様な有機材料に応用できます。では,どうやって組み上げるのでしょうか?ナノのピンセットで分子をつまんで組むことができるのでしょうか?できないわけではありませんが大変困難です。そこで,化学者は分子自身が勝手に組み上がるような仕組みを考えました。これを自己集合と呼びます。分子同士に働く弱い力を制御することで,分子が勝手に集まり組織を作るわけです。その例として,スケールは違いますが,部品が集まって宇宙挺が組上がる漫画を示しました(図2)。

3.DNA

ボトムアップ方式によって分子を正確に組み上げるために,様々な分子が使われています。そのなかでも遺伝子であるDNAに注目が集まっています。遺伝子はDNAが複製されることによって次世代へと受け継がれます。複製はDNAの二重らせんが解かれて,それぞれの分子鎖に相補的な鎖が新生されることで行われます(図3)。また,遺伝情報(= DNAの塩基配列)は,一般に転写と翻訳の過程を経て,タンパク質などに変換されます。転写はDNAからRNA (mRNAやrRNAなど) に情報が写し取られる現象であり,翻訳はmRNAの情報を基にタンパク質が合成される過程です。このうち複製,転写で重要なのはDNAに含まれる塩基間が水素結合によって特異的に塩基対を作ることです。アデニンはチミンと,グアニンはシトシンと相手を間違わずに塩基対作ります。このように分子が分子を識別することを分子認識といいます。この塩基対の形成によって直径が2nmのDNAの二重らせん構造は作られています。また、塩基対を作る水素結合は熱によって切れます。DNAの二重らせんは温度をかけるとほどけて,冷ますとまた二重らせんに戻ります。


図3 DNAの複製の模式図



図4 図4 DNAの二重らせん構造(出典:http://www.nanoelectronics.jp/kaitai/selfassemble/6.htm)


4.DNAナノテクノロジー

このような特徴を持つDNAがボトムアップ方式で使われています。その創始者であるニューヨーク大のSeemanはDNAが二重らせんを作ることを利用して,6つの異なるDNAの断片からキューブ構造を作りました(図5)。このキューブの一辺はDNAが二回巻いており,その長さは約7nmです。このように小さくかつ立体構造はトップダウン方式の光リソグラフィー技術ではとうてい作れないものです。今年に入って驚きの研究成果が発表されました。カリフォルニア工科大のRothemundは,1本の長いDNAと短いDNAで二重らせんを作らせて編むことで図6に示すような様々な二次元構造を作り出しました。図は縦横は165nmです。繰り返しになりますが,ここで示したナノメートルスケールの構造は人の手で作ったものではありません。塩基配列がデザインされたDNAを水溶液に溶かすだけでできあがったものであり,自己集合によってできた構造体です。このような手法を使うと,DNAに付けた微粒子を思いの通りに並べることもできます。

5.DNAで金属細線をつくる

最後に私たちの研究室で行っていることを紹介します。先に述べたように光リソグラフィーの限界は32nmと言われています。二重らせんDNAの直径は2nmなので,これを金属化できれば幅が数十nmの金属の細線が出来ると考えました。ところがDNAはぐにゃぐにゃに柔らかいひも状の分子なので,細線を作るにはピンと伸ばして真っ直ぐにしなければいけません。そこで私たちはラングミュアー−ブロジェット法(LB法)という手法を用いると,やわらかいDNA分子を引き伸ばして基板に固定化できることを発見しました。図7にはDNAに蛍光を出す標識を付けて,蛍光を見る顕微鏡を使って観察した結果です。白く見えるのがDNAであり,DNAが真っ直ぐに引っ張り伸ばされていることがわかります。次にこのように伸ばされたDNAをメッキしました。あらかじめDNAに金属の微粒子を付けておき,それを引っ張り伸ばして基板に固定化してからメッキ液の中で銀メッキを施しました。図8はその電子顕微鏡写真ですが,1本のDNAを銀メッキすることが出来ました。別な実験でこの銀細線には電気が流れることがわかりました。出来た銀細線の幅は約50nmと,光リソグラフィー技術の限界より小さくはありませんでしたが,原理的にはもっと細いものができると考えています。


図5 DNAで作られたキューブ
(出展:http://seemanlab4.chem.nyu.edu/)



図6 DNAで作られた二次元のナノ構造
(出展:Nature, 440, 297-302, 2006)


このようにボトムアップ方式はまだまだ研究の段階ではありますが,ナノメートルサイズのものを正確に,簡単に,安く,きれいに作れる可能性があり,次の世代の加工技術として期待されています。


図7 伸長固定化されたDNAの蛍光顕微鏡写真(横線:10μm)



図8 銀メッキしたDNAの電子顕微鏡写真